エピローグ
「卒業式」
三月十七日。
城西大学の卒業式の日であるこの日、ユニベーターJは十七号館裏の喫煙所を訪れていた。
より正確に表すなら、ユニベーターJは青い鎧の戦士の姿ではなく黒いスーツの学生の姿であり、喫煙スペースではなく、元喫煙スペースだ。
近頃の禁煙の風潮に倣い、この城西大学内でも徐々に喫煙スペースは撤去されていた。
この場所も、彼が春休みを謳歌している内に無くなってしまったということだった。
そんな噂を聞きつけたので、別に何かするわけじゃないけれど、ユニベーターJの始まりの地として、ちょっとした思い入れのあるこの場所を訪れて、「ここも無くなるなんて、寂しいなあ」と、なんだかそれっぽいことをただ一言言って卒業式に臨むつもりだった。
「ようJ、やっとお出ましか?」
「ユ、ユニ!?」
だがそこには彼の相棒、いや仲間である超人ユニが居た。
こちらもいつもの青いマント姿ではなく、黒いスーツを着て、手にはパイプ煙草を携えた姿で、ベンチにふんぞり返って。
「お前、何でここに居るんだ!?何そのカッコ!?あと、ここはもう喫煙所じゃないのに、何煙草なんか吸ってんだ!」
階段から駆け下り、浮かんだ疑問や文句をとにかく並べながら、Jはユニに詰め寄る。
「質問の多い奴だな。よく見ろ、これはパイポチョコだ」
ベンチから立ち上がり、Jに向き合ったユニが持っていたのは、よく見るとそれっぽい容器の駄菓子だった。
「え、あホントだゴメン…て紛らわしいよお前!」
「そうカッカすんな。ほら、チョコ食うか?」
「…じゃあお言葉に甘えて」
Jは差し出された容器から小さなチョコを三粒もらい、ほうばる。
煙草の苦みとは真逆な甘さが口に広がる。
「ちっとは落ち着いたところで二つ目の質問に答えると、卒業式に出るならそりゃそれっぽい恰好で来るだろ」
「うん、チョコ食べて、ちょっと落ち着いて考えて、そうかなーとは思ったんだけど、お前卒業式出るのね…」
「ああ、学部長から招待された」
ネクタイを締めなおすポーズをしながら、ユニがやや誇らしげに答える。
「なんでまたお前が卒業式に?」
「ふむ、考えてみたまえJくん。俺たちは二年連続で高麗祭を襲ったレジネーターと戦ったんだぜ?『客人』として、卒業式くらい呼ばれても不思議ではあるまい?」
「うーん、呼ばれる理由はそれで納得できなくもないけど、お前こういう行事を一番めんどくさがるイメージなんだよな」
「そりゃ俺だって、共に戦った仲間の門出くらい、めんどくさがらずに祝うさ…」
ユニとしては、「良い事を言ってしんみりムード」のつもりだったのだが、Jはそれに流されず、ポンと手を叩いて、
「ああ、さっきタンイヤベーナの奴らが言ってた『打ち上げカラオケパーティ』に参加しに来たのか」
合点がいった!といった感じでそう言った。
「…よく解ってるじゃあないか」
「共に戦った仲間だからね」
「全く、言うようになりやがって」
参りましたという雰囲気で、ユニは再び元喫煙所のベンチに腰を下ろす。
「まあ俺の話はこの辺にして、卒業おめでとう、J」
「ああ。まだちょっと早いけど、ありがとう」
その言葉を受け取り、Jもまたユニの隣に腰を下ろす。
「それで、お前こそ何しにこんなところに来たんだよ。卒業式前に一服か?」
「いや、ここが喫煙所じゃなくなったのは知ってたんだけど…いや、むしろ知ってたから来たんだ。『ああ、変わったんだ』って思って」
「ああ、変わったな」
タバコを持っていない学生と、タバコ型のケースを手元で弄っている馬頭の二人の間に、余り慣れない奇妙な雰囲気が漂っていた。
それは普段と違う服装のせいかもしれないし、二人のそれぞれの成長のせいなのかもしれない。
だが少なくとも、二人が最初に出会った「喫煙所独特の空気感」はそこには無かった。
「みんなが『良くない』って言うから、ここは『元』喫煙所に変わったんだぜ」
「みんな、かあ」
「そう、みんな、だ。で、お前もこれからそのみんなの仲間入りなんだぜ、『元』学生」
「あはは、そうなんだよなー。今まで全然意識したこと無かったよ」
やや力なく、Jが笑う。
「俺、今までいろんな奴に会って、いろんな事を考える機会があって、『俺はこうやって進む!』みたいな答えを出せたつもりなんだ。だけど、本当にこれから、それが通用するのかって、なーんか考えちゃうんだよね」
様々な戦いを通して、一人前の「若者」として成長したユニベーターJも、「社会人」としてこれから踏み出す大きな世界に、漠然とした不安を感じているのだった。
「喫煙所が段々少なくなっていってるみたいに、『みんな』ってのは少しずつ変化するもんだ」
そんなJの様子を見ながら、ユニはつらつらと語りだす。
「そんな中で、『俺はこうして進みたい!』てのをやっていくのは簡単なことじゃない。
やり方を間違えると、ファルトネロフみたいに『テロリスト』って呼ばれる。だがそこで諦めちまったら、それは『諦めた者(レジネーター)』だ」
かく言う俺は、結局カッコだけで何もできない『逃亡者』だった。
そんな言葉をユニは飲み込む。
「今のお前は『ユニベーター』だけどな、これからどう呼ばれて行くのかはまだわからない。.それはこれからのお前次第って訳だ」
「…どう呼ばれるかはまだわかんないけど、どう呼ばれればいいかはなんとなくわかる気がするんだ」
そんなユニの言葉を聞いて、今度はJが、胸の内を言葉にし始める。
「変わるものも変わらないものも、その全てを決して頭から否定しない。けれど、誰もが諦める問題には力を借りて挑み続ける。そんなの、もう『ヒーロー』しか居ないんじゃないかって」
「『ヒーロー』、か…」
「ああ。だから俺は『ヒーロー』になるよ。俺のやり方で、みんなで一緒に!…って思ってるんだけど、これじゃダメかな?」
フッとユニは笑う。
ヒーロー。
この言葉の何と荒唐無稽で、なんと頼もしい事か。
『若い力の成せる事』を表す言葉として、これほどまでにふさわしい言葉は無い気がした。
「上等じゃねーの。とりあえず今は、それで充分じゃないか?」
「そうかな?自分で言っといてなんだけど、すっごく甘い事言ってる気がするんだよね…」
「それは、これから自分で確かめることさ。ぶつかったら、そん時悩んで変わればいい。迷わず迷え、若人よ!」
「へへ、そうだよな!それに、俺は一人じゃない。この学校にだって、頼れる後輩が居るってことが分かったし、これからもきっと、いろんな奴に出会う。迷うのも進むのもみんなと一緒だって、俺は決めたんだ」
これまでの出会いに思いを馳せながら校舎を見つめ、Jはまたユニに向き直る。
「そう思えるようになっただけでも、今も、そしてあの時も、ここに来て良かったよ。ありがとな、ユニ」
「ばーか。そんなのはお互い様だっての」
「…なーに気色悪い事してるんスカ二人とも」
「うわ!お前何時から居たんだよ!」
何だかすがすがしいような、それでいて気恥ずかしいような、そんな雰囲気を切り割くように声をかけたのは、これまたスーツ姿の『元』タンイヤベーナだった。
「よう、どうしたわざわざ。ここはもう喫煙所じゃねーぞ?」
「知ってるっスよそんなの。俺、春休みは大体追試で来てたんで、大分前からココ来てんすからー」
「…いや、改めてよく卒業できたよなお前…」
「そんな過ぎ去った過去はどうでもいいわ!ユニさーんすんませーん!折角カラパに乗り気になったバッドバットさんにユニさんも来ることバレちゃって、『ユニとカラオケなんぞ行くかバカもん共が!!』ってめっちゃ怒っちゃったんすよー。でもバッドバットさんのお疲れ会も延びに延びちゃってて、他に都合つかなそうなんで、申し訳ないっすけどユニさん、また今度にしてもらえますか!?」
「そっか、それはまあ、仕方ないな」
「ちょっと待って、バッドバットってカラオケとか行くの!?」
「因みに結構うまいぞアイツ」
「マジか!凄い意外!」
「そんな訳なんで、マジスイマセンユニさん!!また今度で!」
「ああ、気にすんな。どうせ俺は大体暇だ」
そんじゃそう言うことで~と、嵐のように去ろうとしていたタンイヤベーナだったが、ふと立ち止まり、振り返った。
「おいJ!てめーも暇だったら今度付き合えよ!」
「えっ、俺!?」
「そーだよ。言っとくけど俺ら、上司の愚痴とかめっちゃ聞きなれてっから、仕事の話とかめっちゃ聞き流してやっからな!」
「聞き流すのかよ!…でもまあ、そういうことなら、今度な!」
「おう!じゃあお二人とも、シーユー!また会おうぜ!」
無駄にオーバーな振りで挨拶を済ませ、満足げにタンイヤベーナは去って行った。
「同級生ってのは良いねえ」
「あいつが俺にあんなこと言うなんて…」
「在学中に何があっても、外に出ちまえば、お前らは同じ穴蔵育ちの同級生だからな。そういうの、大事にしろよ」
この日のユニは大いに自分を棚に上げて喋っているが、こんな時くらい久々に先人ぶりたいのだろう。
「さて、こうして俺は暇になってしまった訳だが…お前、卒業式終わったら飯でも行くか?」
「お、良いねー、奢り奢り~」
「…うーんまあ、卒業祝いだ、今日くらい奢ってやろう!」
「え、マジか!?別に無理しなくてもいいぞ?」
「バーカ、こういう時は素直に甘えとくんだよ。…お前、そろそろ時間じゃないか?」
「あ、本当だ。それじゃ、なた後でな!奢り、楽しみにしとくぞ!」
「ああ」
卒業式へと向かっていくJの後姿をユニは見送る。
「……ホント、楽しみだな」
その後ろ姿を見て、フッとユニが微笑む。
甲冑を着ている訳でもないその背中が、妙に頼もしく見えたからだ。
まるでヒーローのように。
完
(著: 縮 晃太郎)