逃亡者ユニ
レジネーター
背景も何もない空間の中で、真っ赤な男の輪郭がハッキリと浮かんでいた。
「相変わらず中途半端だな、お前は」
そいつはそんな、どこかで聞いたような、それでも胸に刺さるような、そんな言葉を投げつけてきた。
ああ、またこんな夢か。
そう思ったところで、彼は目を覚ます。
~The History of UnivatorJ~
「う、うーんまた寝心地の悪い夢だったぜ…」
「な、なんだお前!? 何してんだこんなところで!?」
「え?何ってお前…え?」
学生と目が合い、一本角の方もようやく自分の状況を思い出す。
かつての同僚たちに裏切り者として追われる中、偶々見つけたこの喫煙所でくつろいでしまっていたのだ。
完全な不法侵入だった。
「不審者!えっと、警察!いやまず警備員の人!」
「待て待てまってまッて!」
やや冷静になって応援を呼ぼうとする学生を咄嗟な言葉で嗜める不審者。
「喫煙所ってのはゆったり休むところで、争うところじゃないだろ?」
「それはそうかもしれないけど、どう見ても不審者だろアンタ!」
「ああ、わかったわかった、じゃあ少しづつ説明するからちょっと待って!」
男はタバコを一本差し出しながら言った。
「俺の名前はユニ。一本やるから、一緒にどうだ?」
「今日の授業も終わったあ」
城西大学。
その経営学部の学生たちが主に利用する建物の喫煙所に、一人の学生が休憩に立ち寄っていた。
「皆、少しづつ動いてるし、俺もそろそろ真面目に進路、考えた方がいいのかなぁ…ってうわあ!?」
タバコを取り出そうとした学生は、そこでようやく喫煙所のベンチで伸びをしている奇妙な男に気が付く。
金色の顔に一本角、青いタイツにマント姿、どう見ても学校関係者では無さそうだった。
こうして、「その場しのぎ」として、この酒とタバコとボランティアが趣味のユニという男の逃げ語りが始まった。
暗闇の中に聳える建物は、怒号や警報で騒々しい。
「流石に慌ててくれてるみたいだな」
それをしり目に、この騒動の元凶たるユニは、悠遊とタバコを吸っていた。
「こんなに騒いでもらっちゃ、成果を上げず仕舞いだった俺の退職金としちゃ、貰い過ぎなくらいだな。
…さて、そろそろ行くとするかね」
不意の声に振り返ると、そこに居たのはよく知る、
それでいて今は一番会いたくない、目上の同期の姿だった。
「…随分とお早いお出ましじゃないか、何時からそこに居たんだよ、ヒート」
意識せずとも、ユニの体が強張る。
組織への反抗を露わにした今の彼の元に、大幹部たるヒートが現れたとなれば、その理由は明白に思われた。
だが、そんなヒートの口から発せられたのは、ユニが全く予想しなかった言葉だった。
「そう構えるな。…私も、ここに休憩しに来たのだ」
「…はぁ? お前が、ここで?」
「お前がいつも言っているのではないか。『喫煙所は事を荒立てる場では無い』と。そのお前がそんなに構えてどうする」
その言葉通り、ヒートはそのまま横に並んで、慣れない手つきでタバコを取り出し、指先で弄り始めてしまった。
「フッ…そうかよ」
それはまた、冗談の苦手なお前にしては渾身のジョークだ。
そう心の中でつぶやき、ユニもそのまま吸いかけのタバコを嗜むことにした。
安心して警戒を解いたと言うより、呆気に取られてしまったのだった。
「どこへ行こうと言うのだ、ユニ」
「な、お前…」
束の間のぎこちない沈黙を破り、ヒートが口を開いた。
「…お前は、どうしてここに居るんだ。ここで、何がしたかった」
彼は知りたがっていたのだ。
この男が、何を思ってこの組織に身を置き、そして去っていこうとしているのかを。
「ふー…そうだなぁ」
その言葉を受け、ユニは語り始めた。
「俺は普通の人間じゃ無いからな。
お前と同じさ。
これがあれば、人に出来ないことが出来ると思った。世界をより良く変えられるかもしれない、なんて思った訳だ。
だからレジネーターに入った。『調和と安定』だぜ?まさに世のため人のためって感じだろ?」
それはヒートに語り掛けると言うより、自分自身に言い聞かせるかのような口調だった。
対するヒートは、あくまで平静に、ただあるがままを答える。
「だが、お前はこの組織の中で、成果を上げず、埋もれて行った。私はお前を少し買っていた。
お前はこの組織の中ではあまり見ない志向だった。それが、
組織を良い方向に変えていけるとように成長していくのを期待していたのだ」
「…俺はこの組織に入って、いろいろ潰してきた。町工場だったり、研究室だったりだ。
放置すれば、世界のバランスを崩すかもしれなかったからな。
ここではよくある話さ」
ユニの語り口は、口調こそ普段の軽口のようだったが、その言葉はだんだんと熱を帯び始めていた。
自身の過去へ憤慨するが如く、
「でも、それらをこなしてる間も、どっかにずっと引っかかってた。
もしかしたら、他の方法もあるのかもしれない、ってな。
潰すより大変かもしれないし、効果も小さいかもしれない。
でも、他にもあったんじゃないか、て」
組織への思いを整理するが如く。
「でも、組織はそれを模索しようとはしなかった。一番簡単なやり方を通した」
一番、潰される側を考えないやり方。
「肝心のお前自身が、諦めがつかなかったのだな」
「少なくとも、『自分は世界を守る仕事に貢献したんだ』って気分にはなれなかった。
自分にも、組織にも、納得できなかったんだよ」
「例え納得できなかろうとも、今の私たちにこの組織が掲げる以上の秩序を作ることは出来ない。」
淡々とユニの言葉を飲み込んでいたヒートの言葉は、その形を少し変え、今度は淡々と「事実」を語り始める。
「例え1%の人がこの世界に納得できなくとも、残りの99%がそれを受け入れているのならば、それは守るべき秩序だ。
そして、その1%を諦めさせるのが、我々レジネーターの使命だ。
それが例え、自分自身であったとしても」
声色はいつもの冷静なものと変わりなかったが、ヒートのその言葉には、確かな熱が籠っていた。
その言葉もまた、言葉を発するヒート自身に言い聞かせているような言葉だった。
「お前の言う通り、確かに世界全体で考えれば、俺が気にしているのは小さな話かもしれない。
でも、俺は見てきた。
俺のせいで路頭に迷う人々を。
『小さく』ても、ゼロじゃないなら、それは確かに居たんだ。
それを『小さな』って切り捨てることは、俺にはできないし、
それを『小さな』って切り捨てる奴らが作る秩序が、正しいとは思わない」
ハッキリとした、意見の相違。
それは、訣別の言葉に他ならなかった。
だが、それに対するヒートの返しは冷ややかなものだった。
「中途半端だな、お前は」
「…一刀両断だな」
たたみかけるように、ヒートは言葉をぶつける。
「お前は諦めることが出来なかったのかもしれない。
だが今のお前は『諦める』ことを諦めようとしているだけだ。
そんなお前が、ここを去ってどうするつもりだ?
自分さえ納得させられない、そんな中途半端なお前に、何が変えられる?
お前は、イノベーターにはなれない」
射抜くように浴びせられたヒートの言葉を受け、ユニが肩を落とす。
「…流石、よくご存じなことだ。今の俺は理屈じゃお前には勝てないみたいだ。だがな」
図星を射抜かれるというのは、思っていたよりも応えるものだったが、おかげで気持ちの整理もはっきりついたように思われた。
「今回ばかりは理屈じゃないのさ。俺はここには居たくない」
「…愚かだな」
変わらず冷ややかな言葉を浴びせるヒートだがユニもまた飄々とした態度を崩さない。
「そもそも、こうやって頭の中で勝手にケリを付けた気になってるのが、俺たちの悪い癖だ。
だからまずは、そんな理屈にケリ入れて、『それでも』って言えるような何かを探してみるさ」
気が付けばとっくに吸いきったタバコを灰皿に収め、
「じゃあな、久々に話が出来て楽しかったよ。
まあ、縁があったら、また会おうぜ」
踵を返し、ユニが歩き出す。
レジネーターのビルとは違う方向に向かって。
「…また会おう、か…」
結局、最後まで火を付けなかったタバコを握りつぶし、ヒートは去っていく友の背中を見送っていた。
「てことはさ、あんたにも凄い力があるのか?」
「おう、俺のはスゲーぞお前」
すっかり話が弾み、学生とユニは喫煙所で談笑していた。
ユニの身の上話を学生はよくできた与太話だと思っているようだったが。
「なのに、組織からは逃げてるのかよ」
「戦うのは専門外なんだよ。適材適所って言うだろ」
「そのくせ、その組織は何とかしたいの?」
「…まあ、そうだな」
部外者にまでそう言われると、改めてヒートの言葉が刺さるユニであった。
「やっぱり、普通諦めると思うか?」
「そうだなぁ、ゆっぱ普通そうなんじゃないか?諦めてるというか、小さくまとまろうとしてる奴。そういうのが、
大人になるってことじゃないなかなーなんて、やっぱりちょっと思うよ」
「大人になる、ねえ」
その言葉は、ユニの胸に強く刺さった。
目をそらして居たい事を突き付けられた感覚があった。
そんな様子の若い一人と、青い一人の喫煙所に新たな客が上空から突然音を立てて現れた。
「うわぁ!?」
「見つけたぞ裏切り者、ユニ!」
「な、なんだ、またコスプレ仲間か!?」
その姿を、ユニと同じよく出来たコスプレと勘違いされた彼は、
確かにかつてのユニと同じ組織、レジネーターに属する怪人だった。
ユニと違うのは、このバッドバットは今なお組織に席を置き、
今では組織の幹部として活躍しているということだ。
「組織を抜けた今こそ、私の出世に役立ってもやうぞ!」
「ぐっ…」
「な、なんだ!? うわぁぁぁ!」
バッドバットが杖を振りかぶると、見えない攻撃により二人が吹き飛ばされた。
「なんだよ今の!?」
「さっき説明した追っ手だ。どうやらゆっくりし過ぎちまったみたいだな」
「さっきって、組織から抜け出した云々か!?あれマジなのか!?」
「これ以上迷惑かけられないし、ここいらでお暇してうまく巻くさ」
「巻くったって、あんた戦うのは専門外なんだろ!?
逃げきれなかったらどうするつもりなんだよ!?」
「そんときは、まぁ」
諦めるさ。
喉まで出かかって、その言葉を飲み込む。
「よそ見している場合かな!」
バッドバットが再び杖を振りかぶり、力を込める。
「いいから、さっさと逃げろ!」
咄嗟に学生を突き飛ばしたものの、ユニはバッドバットからの攻撃を受け、今度は身動きを封じられてしまった。
「遂に鬼ごっこも終わりか?ユニよ!」
バットバットがユニに歩み寄り、鋭利な杖の先を向ける。
「年貢の納め時ってやつか…」
ユニは目を閉じ、次の一撃に備える。
『中途半端だな、お前は』
ユニの頭の中に、かつての友の言葉が響いた。
いくら諦めなくても、目の前のどうしようもない現実は変えようがない。
結局、俺は何も変わらないまま、何も変えられないまま。
「うおりゃぁぁぁ!」
「うおぅ!な、なに!?」
予想だにしない声に、ユニは目を開け驚愕した。
「何やってんだお前!」
「こんな状況で放っておけるか!つかまれ!」
学生はユニに肩を貸し、共に走り始めた。
「おのれ学生風情が!邪魔をするな!」
「馬鹿かお前!思いっきり巻き込まれてるぞ!あいつらにとっちゃ、
お前なんて『小さい犠牲』なんだ!俺のオマケで消されるんだぞ!」
「うるせえな! 俺はまだそこまで大人じゃないんだよ!知り合ったばっかだけど、諦められるか!」
「なに言ってんだよお前」
「理屈じゃないだろ!『諦めない』ってのはさ!」
その言葉は、ユニがずっと探していたものだった。
ユニが予想していたより、かなり乱暴なものだったが。
完全なピンチにも関わらず、思わず笑みが零れる。
「無茶苦茶だな」
彼の言葉には勢いこそあれど、その中身は無茶だし無謀だ。
だが、今必要なのはこの勢いだ。
「若いってのはいいねえ」
杖を突き刺そうと走り寄るバッドバットを前に、何故かユニが足を止めた。
「おい、どうしたんだよ!」
「けど、俺も、まだまだ大人にはなりきれないらしい」
「だから何を…」
「俺も一緒だ、諦めたくない!」
今度はユニが学生の肩を支える。
「な、何!?」
ユニを中心に光が発せられユニと学生が包み込まれていった。
学生は自分のその姿に驚いた。
青い甲冑が身を包んでいたのだ。
しかも、それだけではない。
「何!?」
「なんか、力が…!」
そのまま襲い掛かるバッドバットを受け止め、はじき返す。
「こ、これは…ユニの力か!」
「あんたの力、なのか?」
その問いに答える代わりに、ユニは啖呵を切り始める。
「お前は言い分はメチャクチャだ!理屈も何もあったもんじゃない!」
「な、なんだよ急に!お前どっちの味方なんだよ!」
「だが、今の俺にはその勢いが必要なんだ」
「えっ」
思わぬ反撃に会ったバッドバットが体制を立て直す。
「おのれユニ、この土壇場で、学生とリンクを!」
「り、リンク?」
「ああ、俺とお前の心は一つの思いで繋がった!それは『諦めない』こと、その心だ!」
「諦めない、心?」
「ああ、お前の若さに、勢いに、俺の力を足してやる、だから、俺に、お前の力を貸してくれ!」
「…まだ全部飲み込めたわけじゃないけど、やらなきゃいけないことは、大体わかったぜ!」
「おのれ、ユニにたぶらかされたイノベーター気取りが!」
「長い呼ばれ方だな…縮めて、ユニベーター、とでも呼んでもらおうかな!」
売り言葉に買い言葉。
煽り文句の応酬に、ユニが機嫌良く鼻を鳴らす。
「ユニベーター、か。気に入ったぜ。じゃあお前は、城西大学のユニベーターだから、『ユニベーターJ』だな!」
「いいねいいね!さあ、このユニベーターJが相手だ!」
こうしてユニと学生、半人前同士の新たな歩みは、奇しくもまた喫煙所から始まったのだった。
「な、なんだこれ!?」
To be continued…
(著: 縮 晃太郎)