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埼玉に虎

(作:清水和成)

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世界征服を目論む悪の組織総合商社セル。そんな悪の組織のある日の出来事である。
総務部人事課の課長の首切鎌足は今日も頭を悩ませていた。
「あの無能で役立たずのクズどもは何故いつもいつも失敗ばかりなのだ…」
この会社に属している社員はその大部分が戦闘が仕事の人員である。
そして今頭を悩ませている人事課課長首切鎌足の部下にしてこの会社で1番の下っ端が人事課戦闘員と呼ばれる派遣社員達であった。
彼らは馬車馬の如く働かせられ休みもろくになく給料は最低賃金を下回るとてつもないブラック企業ぶりであったが健気にもこの会社で働き続けていた。
しかし現実とは無情である。会社はそんな健気な彼らを使えないものとして見ていた。
彼らは確かに会社に滅私奉公で働いていたが何分結果が伴っていなかった。
全戦全敗、それが今の人事課戦闘員の現実であった。
「元総務部長の平蛾はいつも研究研究と実験室に引き篭っていたせいで、私が慈悲をかけて人事課戦闘員として会社に残してやり、現場に行かせたと思ったら何もせずにただ足を引っ張り撤退…。戦闘員の良い歳こいたクズどもはすこし研修をしただけの大学生ヒーローと探偵気取りヒーローに敗北…我が社の総務部はまともな人間は私しかいないのか…?」
しかしこういってる本人は普段の仕事は自分の分はキッチリ終わらせ定時退社をこのブラック企業で続ける鋼の精神を持っているが一切現場に自分が行こうという発送は無かった。何故なら無駄に仕事が増えるからである。つまり面倒だからである。
「しかしどうしたものか…。この前もネコ課の煩い部長にせっつかれたばかり…。時日奴らはなまじヒーロー共を倒せる実力を持つものばかりいるから余計に発言力がある….このままではネコ課がシビレを切らしてヒーロー共を倒してしまう…。ネコに我慢なんぞ期待するものでもないしな…。まずい、まずいぞ、このままでは私の楽に出世する計画に支障が出てしまう。」
彼は焦っているが実のところそこまで焦る必要性はなかった。何故ならばこの失敗続きはネコ課の部長にとっては望んだ展開だからである。ヒーロー達を倒すのは人事課の仕事。何故ならば今のヒーロー達のチカラは元々この会社に就活としてインターンシップに来た者を無理矢理改造して洗脳しようとした所、脱走されたせいで奪われたもの、つまり人事課の不始末であった。
そしてこの不始末をどうにかせねばこの会社においての人事課の発言力は地の底に落ちるだろう。ネコ課にしてみればただ何もせず欠伸をしながら見ているだけで勝手に他の課が転がり落ちていくのだから笑いが止まらないことだろう。
「しかし方法なぞ……ん、そういえば平蛾の元研究室をこの間漁った時にあった薬品、失敗作とあったがアレを今使えば…?……ふふふ、そうか、そうすれば良かったのか。いやぁ、やはり天は私を見放さなかったようだな」
こうしてヒーロー達にまた1つ、災難が降りかかろうとしていた。
「よし、今日の仕事は全て終了。本日も定時5分前退社」

 

埼玉県のとある町。そこで2人の青年が歩きながら喋っていた。
「あー、ダリィ。なんか楽でめっちゃ金貰える仕事ねーかなー」
こんなことを呟く青い鎧を身にまとった今時の青年。名前はリヴァイザーJ。例の総合商社セルに改造され逃げ出したヒーローである。ちなみに逃げ出した理由は改造されたからでも洗脳されそうだからでもなく総合商社セルがブラック企業と気づいたからである。
「おいおい、そんな仕事ある訳ないだろ。そもそもそんな仕事あったら俺がやっている」
それに対してこう返すのはディクティザーJ。リヴァイザーJの友人でありつい最近まで総合商社セルに洗脳され戦わされていたところをリヴァイザーJに助けて貰った経緯がある。
「そーだよなー、そんな仕事あったらみんな揃って募するよなー」
「そうに決まっているだろう。所でリヴァイザー 」
「なんだディク?」
「さっきから後ろに着いてきてるあいつら、どうすればいいと思う?」
「後ろ?」 
そう言ってリヴァイザーJが振り向くと、そこには見慣れた服装の人物達が角からこちらを覗いていた。
全身黒ずくめの男たち。彼らこそヒーローに負け続けている人事課戦闘員達である。
「うおっ、なんかこっち覗いてる!怖っ!」
「ああ…1時間ほど前からああしてバレバレの尾行をしているつもりなんだろうが…探偵の俺からしてみれば随分お粗末な尾行としか言えないな」
そんなことを話していると彼等もバレたのとに気付いたのか何やら言い争いながらこちらに出てきた。
「おい平蛾博士!あんたのせいでバレちまったじゃねーか!」
「な、わ、私のせいだというのか!いや仮にそうだったとしてもだ、私はこんな下っ端の仕事なんてしたことが無いのだ、仕方ないだろう!それと私は平蛾元博士だ!」
「そんなことどっちでもいーから、さっさと行こうぜ。早く終わらせたいんだから」
彼らの名前は人事課戦闘員平岡mk.2、戦闘員平蛾、そしてポッチという魚類戦闘員である。
「でやがったなお前ら!…あれ、なんかいつもより少なくねぇか?」
「ああ、いつもならあと一人いるはずだが…」
そう言ってヒーロー2人が疑問を口にすると、彼等もそこで異変に気付いたらしい。
「あれ?そういえばリーダーどこいった?」
「今日の朝は居たはずだが…一体どこに行ったのだ?」
「ま、そんなことどーでもいいでしょ。あのオッサンいてもいなくてもたいして変わんないし」
「いやいや、一応あいつ俺たちの隊長だぞ!隊長が無断欠勤はダメだろ!」
「まーまーそんなカッカすんなって」
どうやら戦闘員達も一人欠けていることに今気づいたらしい。
「大変なんだな…あいつらも」
「まぁやつらの会社はブラック企業だからな。お前のような大学生はあんなブラック企業に就職してはいけないぞ」
「ぜってーあんな企業入らねぇわ。てかあそこ入んないために今頑張ってるんだしな」 
「まったくその通りだ」
ヒーローたちは緊張した様子もなく話し合っていた。毎回毎回襲いかかられても返り討ちに出来ていればこうなっても当然、とも言えるが。
「おいおいリヴァイザーJにディクテイザーJ、そんな余裕が続くのもいまのうちだぜ?なんせ今日の俺達には秘密兵器があるからな」
「なに?秘密兵器だと?」
ディクテイザーJが聞き返して、戦闘員平岡mk.2とポッチがポケットから取り出したもの。それは注射器であった。
「な、お前ら、それは!」
「ふっふっふ、聞いて驚け、これはだな…」
「そ、それは?」
リヴァイザーJが恐る恐る聞き返す。
「ツカポンだ!」
「つ、つかぽん?変な名前だな…」
「聞いて驚け!こいつはだな、なんと疲れなくなる上に例え疲れていても、ポンッと疲れがふきと」
「アウトじゃねーか!」
「ああ、完全にダメなヤツだな…」
「一体何がアウトなんだ?」
ヒーロー達がつい突っ込んでしまったが、どのように考えても危険かつ法律状態ダメな薬物である。
だが悲しいかな、平岡mk.2とポッチにはなにが危険かは分からない。何故ならそもそも彼らがまともに勉強をしていれば総合商社セルなんてブラック企業の派遣社員になんてならないからだ。
リヴァイザーJとディクテイザーJは戦闘員達の学の無さと勉強をしないということは恐ろしいことだと気付かされることになった。
「こいつは首切課長が出撃前にくれたんだ。あの人は俺達を扱き使うが流石に変なもの渡すような性格じゃないだろ」
その認識が合っているのかどうかはこの後分かることになる。
「お、おい。お前達。なんだそれは、私はそんなもの渡されていないぞ?」
「あれ?おかしいな。今日の朝全員に配るって言われて課長に貰ったんだけど…」
「そんなことどーでもいいから早く使おうぜ。課長もリヴァイザー達にあったらスグ使えっていってたし」
「お、おい待てお前たち。なんだかその液体には見覚えがあるような…」
「いよいしょっと!」
そう言って2人は注射器を

口に持っていき注射器からでる液体を飲んでいた。
「いや飲むのかよ!」
「いや素人が注射とかしちゃダメだろ」
「そこは正論なんだな…」
既に疲れた様子のリヴァイザーJとディクテイザーJ。しかしそんな彼らに構う様子もなく注射器の中身を飲み干した2人は特に変わった様子がない。
「お、おい。お前ら、だいじょぶか?なんか、変な気持ちになってたりしないか?だんだん気分が良くなるとかそういうことないよな?な?」
ついリヴァイザーJも敵のことを心配してしまうが当然である。
「あっれー、おかしいな。なんか一気に強くなるとか言ってたような…」 
「まさか首切課長間違えたか?」
「いやあの仕事人間の課長に限ってそんなことは…ん?な、なんか体が痒いような…」
「お、俺もなんか痒くなってきた…」
2人に段々と異常が出始める。
「おいやっぱダメな薬じゃねーか!」
「今からでも救急車を呼ぶか…?」
ヒーロー2人が真面目に敵を病院に連絡するすべきか迷っていると突然平蛾元博士が喋りだした。
「お、思い出したぞ!この薬は私の作った失敗作ではないか!」
「お、おい平蛾、その薬についてなんか知ってんのか?」
「ああ。知っているとも。私が作ったものだからな。ヒーローであるお前らに話すのは癪だがなりふり構ってはいられない。この薬はだな…」
「そ、その薬は?」
「猛獣になる薬だ」
「猛獣になる薬、だと?」
博士の説明を聞いた2人が戦闘員達の方をむくとそこには
2匹の虎がいた
「なんか虎がいるんだけど!」
「これは…とんでもないな」
ヒーローたちが驚いていると平蛾博士が勝手に話し始める。
「あの薬はだな、もともと我が社の優秀な戦闘員であるネコ課の者たちのチカラをなんとか弱い戦闘員たちに持たせられないか考えた末に作り出したものだ。しかし残念ながら実験は失敗。たしかにネコ課の優秀なチカラをコピーすることには成功した。だが何故かあの薬品を使うと理性のない本物のネコ科の猛獣になってしまうのだ。ちなみに今回はどうやらアムール虎とホワイトタイガーらしいな」
「アムール虎とホワイトタイガーらしいな。じゃねーよ!どうすんだよこいつら!」
「なにか元に戻す手段は無いのか?」
「もちろん無いわけではない。が、至難の業だ」
「至難の業つってもこいつら元に戻さない訳にはいかないだろ…」
「このままだと警察どころか自衛隊が出てくる騒ぎになりそうだな」 
流石にヒーロー2人もこの事態には慌てた様で、なんとか戦闘員達を元に戻そうとするらしい。
「あの2人もとい、2匹を元に戻す手段は1つ。疲労状態にすることだ」
「披露状態だぁ?芸でもさせればいいのか?」
「リヴァイザー、そっちの披露ではなく、疲れるなどのほうの疲労状態だ」
「なんだ、疲れさせればいいのか!簡単じゃねぇか!」
「まぁ、たしかに思ってたよりは楽に聞こえるな」
「お前たち、本当に楽だと思うのか?虎だぞ?本物の猛獣だ。人間が生身で勝てる相手ではない」
「そりゃたしかにタダの人間ならその通りだ 。だが平蛾、俺達はヒーローだぞ?虎を疲れさせるくらい余裕だっつの」
「お前たち、私の言ったことを忘れたのか。この薬品はだな…」
「おっ、おい平蛾のオッサン!後ろ後ろ!」
「まったく何だうるさい、一体後ろがどうし…」
後ろを振り向くと、虎の顔のアップが平蛾元博士の視界に写った
どうやら目の前にいるのはアムール虎のようだ
「グルルルル…」
虎が低い鳴き声を上げる
「な、わ、私を食べても美味くなんてないぞ!私は蛾だ!お前たちは肉食だろう!虫なんか食べても美味しくなんてな」
平蛾元博士はガブリと頭から食べられた 
「平蛾ー!」
「まずい、手遅れかもしれないが助けるぞ」
そうしてヒーロー2人は虎に向かって走り出すが、2人が虎に向かった次の瞬間、虎は平蛾元博士を壁に向かって放り投げた。平蛾元博士はそのままとおくに向かって飛ばされて行った。虎はなにやらペッペッという仕草をしている。どうやら平蛾元博士の言う通り蛾は不味かったらしい。
「お、おい平蛾どっか飛んで行ったぞ!」
「いや、どんでいった瞬間見てみたが大したキズもなく気絶しているだけのようだった。腐ってもセルの元博士博士なだけはあるということか…」
「それはいいんだけどよ、いくらなんでも平蛾飛んで行き過ぎじゃねぇか?」
「ああ、それについてなんだがな。さっき平蛾が言おうとしていたこと。そしてあの薬品が作られた経緯。それを考えるとだな」
「考えると?」
「あの虎はセルの怪人、それもあのネコ課の部長や課長に匹敵するチカラを持っていると考えていいだろう」
「まじかよ…」
「残念ながらまじ、だ。それともう1つ新たに残念な知らせだ」
「おいおい、まだあるのかよ」
「なに、簡単なことだ。どうやらあの虎の次の獲物は俺たちらしい」
そういうとリヴァイザーJとディクテイザーJはすぐに背中合わせになり、臨戦態勢を取る。
どうやらアムール虎のほうは先程の口直しに、ホワイトタイガーは純粋に新鮮な獲物として2人を狙っているらしく、2匹でこちらを囲むようにゆっくりと2匹で挟み混む形でこちらにゆっくりと近付いてきていた。
「おいおいあちらさんは準備バッチリじゃねーか、そんなに俺達美味そうにみえるのかね?」
「そんなこと言ってる場合か。たしか平蛾元博士だったかの言うことを信じるからこの虎たちを疲れさせなければいけないらしい。つまり、倒せということだ。ここで俺達が逃げたら下手したらほかの一般の方々に被害が出るかもしれない。そうじゃなくても警察とかが出てきて虎退治、なんてことになったらいくらなんでもあの戦闘員達が可哀想すぎる。ここは俺たちで助けてやるのもヒーローの役目だろう」
「ああ、その通りだな。やるぞ、ディク!」
「勿論だ、リヴァイザー」
そして2人と虎との戦闘が始まった

「おらお前の相手は俺だ白い虎!」
リヴァイザーJはホワイトタイガーを相手にする。ホワイトタイガーはこちらの様子を伺っているようだ。しかしだからといって安心はできない。あれは完全に狩りをする動物であり、こちらがもし背中などみせれば何時でも襲いかかってくることは間違いない。
「先手必勝ってな、そっちが来ないならこっちから行くぜ!」
それにたいしてリヴァイザーJはこちらから進んで戦いにいく。あくまでも今回の目的は虎を倒すことではない。虎を疲れさせれば良いのだ。それに普通の虎よりも強力なチカラをもつ虎を相手に長期戦はこちらが不利になる一方である。ならば短期決戦で一気に虎を疲れさせるのが得策だろう
「おら俺のパンチでも味わいな!」
リヴァイザーJは武器を持っていない。欲しいとは思っているが手に入れる機会がないので今の所は素手で戦っている。だが素手と侮るなかれ。リヴァイザーJはかつて総合商社セルで改造された影響により常人よりも優れた身体能力の持ち主である。そしてその身体能力から繰り出される殴りも相応の力を持っている。 
「グルル…」
その証拠にホワイトタイガーも痛そうにしている。リヴァイザーJの攻撃は強化されたホワイトタイガーにも通用するのだ。
「さぁ虎さん。こっからが本番だぜ?」 
ディクテイザーJは残り1匹の虎、アムール虎を相手にしていた。アムール虎は先程の口にした平蛾の元博士の味が余程気に食わなかったのか随分と怒った様子でディクテイザーに襲いかかり続けていた。たいしてディクテイザーは落ち着いた様子で襲いかかるアムール虎を避け続け、カウンターの要領で武器である杖を使いアムール虎に攻撃を当て続けていた。
ディクテイザーJは探偵として以前総合商社セルを調べていた時、改造と洗脳された経験がある。洗脳こそ溶けたが施された改造による強化はそのままである。そしてそれを持ち前のセンスで活用しヒーローをしている。
つまり彼も虎と十分渡り合える力を持っていた。
「どうやら平蛾元博士の味が相当まずかったらしいな…ここまでイライラさせるとは平蛾元博士は普段何を食べているんだ…?……まぁ、そんなことは置いておいて、今はこいつの相手に集中しなければな。かかって来い虎よ。武器を持つことで人類が何故最も繁栄出来たか、その身を持って教えてやろう」

虎との戦闘は30分にも及んだ。その間リヴァイザーJは虎を殴る蹴る投げ飛ばすと虎に対して力技で勝っていた。
逆にディクテイザーは知恵を使っていた。虎の攻撃を完全に見切り、カウンターを当て、時には態と隙を見せ攻撃を誘うなどして着実に虎にダメージを与えていた。
そして遂に、終わりがきた。既に動きが最初よりゆっくりだった虎が止まると、2匹一斉に元の戦闘員に戻ったのだ。元に戻った戦闘員達はどうやら気を失っている様子である
「つ、疲れたー!やっとかよー!」
「さ、流石に疲れたな…もう二度とやりたくはないな…」
流石のヒーロー2人も満身創痍といった様子である。
「しっかし、とんでもないもんを使ってきたな…たしか、首切課長とかいってたか?ヤバい奴が出てきたもんだな」
「ああ、まったくだ。まさか、この先同じ手を使ってくるとは思いたくないが、一応警戒はしておかないといけないな」
「あー、たく何時になったら俺はこの生活から解放されるんだ…」
こうしてリヴァイザーJとディクテイザーJは今日も無事に勝利を収めたのであった。

 

「む、槍ヶ岳君からの報告か…チッ、また失敗か。まぁいい。どうせ失敗作の薬品だ。それにあの薬はまだいくらでもある。次はどの薬を使おうか…ふふふ、まったく、勝てる日が楽しみだ」
こうして、総合商社セルの一日は過ぎていく。
「む、もう定時10分前か。帰り支度を始めるか」

 

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