top of page

​派遣の忠告

(作:高山照平)

DSCN0264.jpg

今は大学3年の冬に入ろうかという季節。大学では来年就職活動をスタートさせる新大学四年生のために就職課の人達によるガイダンスが頻繁に行われるようになった。そんんななか、来週大学構内で大きめの合同説明会が開催されるらしい。就職課の人に貰った説明会に参加する企業をまとめたパンフレットを眺めていると、気になる会社が1つ俺の目に止まった。地球の前にスーツを着た男性がいい感じで座っているロゴで、社名は「株式会社セル」とでかでかと書かれていた。他の企業に比べ業務内容が曖昧で、住みやすい世の中を作るとか、我々の思い通りの世の中をとかとにかく世の中を変えようとしているのは分かったが、社員の写真もなくどんな人が働いているのかも分からない。ほとんどが謎に包まれている会社だった思わず「何だこの会社...こわ...」という言葉を漏らしてしまった。まだこの時は自分がこの会社にお世話になるとは微塵にも思っていなかったのだ。
大学四年生になり、就職活動を始めたのはいいが全く就職先が決まらない。自分でもわかっているのだが面接の受け答えがもうなっていないと思う。すぐウケを狙ってしまう。具体的な志望動機も言えなければ、学生時代に頑張ったことも特にない。冷静に考えればこんな奴企業は欲しがらないと思った。加えて謎のウイルスが4年生になったあたりから大流行し、そもそも大学生の就職率も低下していた。挙げ句の果てに政府が緊急事態宣言までだし、説明会などは軒並み延期もしくは中止でとても就活できるような環境ではなかったと思う。そんな中派遣会社の社員募集のポスターが家の前の電柱に張り出されていて、俺の目にとまった。ポスターには、書類選考なし!面接1回!即日採用!の会社説明会もなく、まともな神経をしていればすぐに怪しいとわかる内容であったが、40社以上落ちている俺にとってはもうこれしかないという気持ちでいっぱいだった。俺は早速選考に応募し選考会場へと向かうことになった。選考会場となっていた城西大学という大学のある場所の周りには何も無くてとても驚いた。電車で向かったのだが駅から大学までなかなか距離があり、俺は喉が渇いたのでコンビニによることにした。コンビニの中で俺は自分の目を疑う光景を目にした。なんと頭が蛾の姿をした大柄な黒い服を着た人物?がコーヒーを買っていたのだ。しかも何かとても愚痴っている。「なぜ私がこんな辺境の地まで来て選考会の立ち会いなどしなくては行けないのだ…。私と部下一人しかいないというのに…あの方もも人使いが荒い。今日視察に来ると言っていたが…」とぐちぐちいいながらコンビニを後にした。やばい見た目の人?がいてなぜ店員は無反応なのかと思い店員の方を見ると、店員は白目を向いて気絶していた。今はやっているウイルスと似た症状だ。首にはなにか刺された後とカウンターにはコーヒー代だけが置いてあった。もしあの蛾の人物が俺に気づいていたら俺も危なかったのではないかと思いゾッとした。これから選考があると言うのに気持ちが恐怖でいっぱいになった。そういえばあの蛾の人物も選考がどうのこうの言っていたが、まさか…。
ひとつの不安を胸に企業の選考が始まろうとしていた。会社から番号と名前の入ったプレートを渡されそれを胸につけるよう指示された。会場には俺と同じくいかにも就職できなさそうな奴らが大勢いた。覇気のないやつ、うるさいやつ、モヒカンなやつ、挙げ句の果てに酒を持ち込んでるやつまでいて自分はここに就職して平気なのかという気持ちが芽生え始めた。そんな中選考が始まった。アナウンスが入る。「お集まりの皆さん。足元の悪い中この会社の説明会に来ていただき大変光栄に思います。早速ですがプレートに書かれた数字が1番から20番の方面接室にお入りください。」その後に別の男の声で「おい!そんな人を入れて平気なのか?捌ききれなくても私に泣きつくんじゃないぞ?」いや放送入ってるのに言い争いか?と心の中でツッコミを入れてしまったが問題はそこではない。この声は正しくあの蛾の人物であった。改めて声を聞く限り男だと思うがやはりそうだったのか…と私の不安は見事に的中した。こんな所にいてはやばいと会場を出ようとしたが扉があかない!よく見たら窓もひとつもない。完全に閉じ込められていた。この会社は選考に集まった者をひとりとして逃がすつもりはなかったのだ。「そりゃ即日採用なわけだわ」とあきらめの独り言をボソッとつぶやき椅子に戻った。もう逃げ出せないし、この会社の面接に落ちるしかないと思った俺は落ちるために何を言おうか考えていた。俺の番号は60番台であと最低1回は面接が挟まるはずだからその間に何言うか考えとくかとおもっていたら「21番から80番までの方どうぞ」というアナウンスが入った。この採用担当全員呼ぶとかバカなのか?もう人数が多すぎて面接ではなく発表会のような規模になっていた。面接の部屋に入るや否や周りがざわつき始めた。何しろ部屋の真ん中にあの蛾の人物が立っている。その横に黒い仮面のようなものを着けた迷彩柄の男も立っていて、面接室に入った就活生ひと目でやばい場所に来てしまったのだと悟ったのだろう。そんな中仮面の男がこちらに走りよってきて「お前は問題児ではなさそうなのにこの派遣会社の面接に来てしまったんだな」と話しかけてきた。男の胸元には高山と書かれたプレートが着いていた。この男の名前だろうか?高山は続ける「お前はこの中で1番仕事出来そうだから採用な、基本的に俺らの会社はあの蛾の人の会社に派遣されるわけだから、後であの蛾の人に話通しておくね」といい高山は戻って行った。最悪だ。落ちることだけを考えていたのにまさか1番まともそうという理由で採用されてしまった。俺は食われるのだろうか?不安に駆られていたその時、蛾の人物が話しかけてきた「怯えることは無い、私はこんな見た目だが別に君をこんな姿にするつもりもなければ、とって食う気もない、ただうちの会社のために社畜になってくれればな」あの高山とか言う男もう話しつけたのか、いくらなんでも早すぎる。でもとりあえず食われないし、変な格好にされることもなさそうで一安心した。ただ社畜は嫌だなぁ。俺以外の就活生は相変わらず慌てふためいている。その時、蛾の人物が謎の粉を振りまいた。すると派遣会社の高山が「おめでとうございます。あなたたちは合格です。」と言った。そうするうちに就活生たちは白目を向いて静かになってしまった。「やれやれ、高山!こいつらを誘導しておけ!後で我社に派遣できるようにしておけ!私は一足先に車に戻っている。」と言い残し立ち去ってしまった。「君も俺についてきて」高山は俺にそういうと就活生を引き連れて移動を始めた。俺はそれに仕方なくついて行った。
こうして俺の社畜生活が始まった。俺の思っていた通りこの派遣会社は超がつくほどブラックであった。というよりどっちかと言うと派遣先の総合商社セルという会社がブラックなのだが。社宅暮しで、絶対に家に帰れないし、休日もなかった。そういえばあの蛾の人物は平蛾という名前らしい。平蛾は俺には白目になる粉をあの時かけなかったが、俺が恐怖で何も出来なくなるのを見抜いていたのだと思う。粉をかけられなかった者は俺の他にも複数いるらしいがまだあったことは無い。そもそも若くなく就活生ではなく中途採用でこの会社に来たものたちという話だ。そんなおじさん達は、こんな過酷な環境でやって行けるのか不思議だが…。そんなことは置いておいて、まだ研修だというのに恐ろしくきつい上に危ない仕事が多い。操られていた就活生はもうほとんど使い物にならず、あの状態のまま解雇されたらしい。研修でこのレベルなら普通に仕事するようになったら即効死ぬのではないかとこれまた不安になってくる。そんなある日派遣先で平蛾が唐突に「お前を少し改造しようと思う。安心しろ私のようにはならぬさ、高山のようにはなるけどな。だがこの改造を受ければ体が多少なりとも強くなりいくらか今よりマシになるぞ。中途の連中はおじさんだがこれで生き残れた。」そういうと、平蛾の後ろから高山を始めそれに似た格好の奴らが俺を取り囲み謎の注射を打たれ俺は意識を失った。目が覚めると高山たちのような黒い服の格好をしており顔にはあの黒い仮面が付けられていた。だが幸いにも取り外しはできるようだ。というか俺達が下請けだからといって、なんでもやりすぎな気がする。そうして時は流れ研修は終わり、正式に仕事が始まったのであった。
俺は総合商社セルの人事課に派遣されることになった。仕事は主に世界征服をするために社長から言い渡された仕事を幹部がこなし俺たち部下はそれの手伝いという感じで進んで行ったがまあこれが危ない仕事で各方面の危ない機関に手を出しては制圧し、吸収を繰り返す。まあここら辺はあまり俺の部でには回ってこないが有能な人材が居れば、どんな手を使ってでも会社に引き込む。ここら辺は人事課である俺たちに回ってくることが多い。こんな仕事内容だから戦いになることも多く、改造を受けた戦闘員でさえ毎回誰かしら死んでいるほどだった。そんなある日バイトで雇っていた貧乏大学生が改造手術を受けた後逃走したとして責任問題になることを恐れた平蛾が俺らを使ってその大学生を探すはめになった。主に人事課戦闘員の中でも比較的戦えるチームと索敵に特化したチームに別れて捜索を行ったのだが、俺ら捜索チームはその大学生を見つけることは出来なかった。代わりに戦闘チームが大学生をみつけそのまま戦闘に入ったらしい。だが逃げられてしまい作戦は失敗に終わった。あとから聞いた話なのだがこの戦闘が終了したや否や戦闘員のひとりが仕事を辞めるのを決意して辞めていってしまったらしい。そしてその日を境に平蛾と逃走した大学生、(今はリヴァイザーJと名乗っているそうだが)による戦いが始まったのだ。何日たっても捕まえられず平蛾はずっとイライラしていた。ほかの部の部長からこの事で小言を言われることも多く、積もりに積もったイライラのせいで仕事も上手くいかない悪循環が発生していた。会社での人事課の扱いがだんだん悪くなっていた頃、俺はよく仕事の相談を高山にするようになっていた。ある日の飲みの席で「先輩はこの会社のことどうおもってます?俺はくそだと思います。主に労働時間と日数において」と酒の勢いもあり思いの丈をぶちまけた。すると高山は「まあ働けるだけありがたいだろ?」と一言。「そうですけどぉ、やっぱり労働時間が多すぎてプライベートがないのは許せないっすね。社長に会ったことないけど一言言ってやりたいです。」と俺が言うと「言っておいてやろうか?」と高山が真顔で切り返してきた。何故か憤り感じた俺は「じょ、冗談すよ、怒らないでくださいってば」と何とかその場を和ませその日の飲みは終了した。なぜあんなに怒っていたのか?きっと仕事で疲れていたのに俺がだる絡みしたからだろうと決めつけその日は眠った。そしてまた月日は流れ、その間にリヴァイザーJと何度か交戦があったらしいが俺は例のごとく無能索敵班で見つけることが出来ずじまいだった。最近の交戦は特に激しく、戦闘員から必ず死者が出ていた。だが何故か毎度の如く高山だけは生還してくるのだ。大して運動神経がいいわけでもなく、戦闘能力も中の下、毎回転職に失敗している悪く言えば無能の部類に入る高山が。俺は不思議でならなかったがまあたまたま生き残っただけだろうと思いそのことを深く考えることはあまりなくなっていった。
前回の飲みの席からもう随分とたった。俺は先輩である高山に仕事の愚痴をこぼすことでストレス発散しこの数ヶ月を乗りきってきた。愚痴る者は俺だけでなく、大体の人事課戦闘員が高山に愚痴ったことがあるくらい高山は愚痴られていた。愚痴ってきたものの中には当然今の職場の環境の悪さや危険さもし適したものや仕事が出来ない仲間の愚痴なども言っていたと思う。だが毎度毎度俺がこぼす愚痴に高山は嫌な顔せずむしろ真顔でメモにとっていた。メモにとっていたからと言って高山に労働環境を改善する地位もなければ力もないので改善されたことは1度もないがそれでも聞いて貰えるだけでみんなありがたがっていた。ある日の夜みなが寝静まった頃物音で目が覚めた。1回は無視してもう一度寝ようとしたが、カタカタとパソコンのキーボードを叩く音が廊下からはっきりと聞こえてきた。俺はこんな時間に誰だよと思いながらパソコン室の方まで行って中を覗いた。そこには何故か高山が居たなにか独り言を言いながらパソコンをいじっている。「平蛾君ももうダメかもしれませんねぇ、一向にあの貧乏大学生を捕まえられる気配がしません。上司の出来は部下も似るのですかねぇ人事課戦闘員は愚痴だらけで自分の仕事もまんぞくにこなせませんしねぇ」これは本当に高山なのだろうか普段に比べ丁寧な口調だが何故か感情がこもっておらずしかも上司である平蛾をくん呼びで呼んでいる。オマケに俺ら人事課戦闘員のことまで言われている。話を聞くのに夢中で体が前のめりになりガタッ!という物音を立ててしまった。「誰だ!」高山のものとは思えない怒鳴り声俺は怖くなり一目散に逃げた。自分の寝床まで戻って死ぬ気で寝たフリをした。その日は怖すぎてもうこれ以上思い出せない。次の日の仕事でもその次の仕事でも高山にあの日何をしていたか聞く勇気が起きず、気づけばおれは高山とあまり話さなくなっていた。そんな時、平蛾が部長から俺らと同じ人事課戦闘員に降格した。そして降格してしばらく経って後任の人事部長が来た。産業経済部のテースターの推薦でその後任はカマキリの姿をしていた。名は首切鎌足(くびきりのかまたり)戦闘力は折り紙付きだったがまだ着任してから日が浅くテースター以外の部長からはあまりよく思われていなかった。だがその後任の首切はすぐ部長という立場から離れまた平蛾が着任した。どうやら甥と共謀して首切を不意打ちしたらしい。本当に現代社会で起こる事なのかと俺は呆れ果ててしまった。だが世界征服が業務内容の会社なのだから仕方ないかと納得もした。その日の昼休憩の時間、社宅に忘れ物を取りに行くとまだ明るいというのにパソコン室からなにか物音がする。俺は嫌な予感がしたが耳をすませて物音を探ってみる。やっぱりパソコンのキーボードを打ってる音がする。何日も前の日の夜こわいおもいをしたのをおもいだす。あの時は高山がなにかパソコンに打ち込んでいたが、今日はどうだろうか?怖い反面確かめたい気持ちも強く見に行くことにした。前回のようなヘマはしないよう、物音には最大限の注意を払い、服も目立たないものを着ていった。そしてパソコン室に着いた頃、おそらく中にいるであろう高山が「今後の日程の調整はこんなもんでいいですね。しかし、この案件はちょっとこれはニャロースにたのむことにしますかね、彼は今日休みの日ですが私の頼みなら断れないでしょうし」とひとりごとをつぶやきていた。ニャロース!?俺は役職で言うと最下層に位置するので実際に見たことはまだないが、資産管理部、通称猫の巣と呼ばれる部局の部長であり、戦闘の実力はこの会社でも三本指に入ると言われている。そんな恐ろしいやつになにか頼めるほど高山は役職は高くないはず、しかも頼みを断れないはずなんて…そういえばこの前偶然聞いた時も平蛾を君呼びしていた。しかも言葉遣いも今より丁寧だった。まさか本当はもっと上の役職で正体を隠してここにいるのか?だが平蛾、ニャロース、テースターの上の役職などもう社長ぐらいしか…まさかあいつの正体は…と思った時、後ろにさっきを感じた。さっきまでパソコンを弄っていたはずの高山が背後に瞬間移動とは言わないもののものすごい速さで回り込んでいた。「聞かれてしまいましたか、私がこの姿になっていることは部長も知らない極秘事項。私のミスとはいえ部長ですらないものにこの事実を知られてしまっては今後の潜入に支障が出るでしょうね。なのであなたには消えてもらいますが、あなたたちの愚痴は部下の裁量や仕事の出来具合、労働時間は何時間まで平気なのかとか色々役に立ちましたよ?最後に役に立てて良かったですね」高山はそう言うと俺の事を殴り飛ばした。そこからの記憶はもうない。俺は高山に葬り去られてしまった。そうエピローグの時点で俺はもうこの世にはいなかったのだ偶然とはいえ高山の正体に気づいてしまった故に墓場までそのことを持っていくはめになるとは思いもしなかった。これを読んでいるあなたもあまり彼の正体を他言しない方がいい、いつあの世に送られるかわからないからな。

bottom of page